写真館(2)

桜尾城址(桂公園)

桜尾城は海に臨んだ要害の地で、中世の廿日市の象徴ともいうべき厳島神社神主家藤原氏の居城でした。鎌倉幕府の有力御家人であった藤原親実が承久3年(1221)に任命されて以降、代々世襲しましたが、天文10年(1541)周防の大内氏に攻められ城は炎上し、藤原(友田)興藤は自刃、320年間続いた藤原家は滅亡しました。現在の城跡にある桂公園は、毛利氏の時代城番であった桂元澄の子孫である公爵桂太郎が桜尾城跡を永久に残すため大正元年全山を買収し寄贈されたもので、廿日市市で一番最初の公園です。その後昭和42年に都市計画決定されると丘陵地を切削し、新たに都市公園として整備され昭和46年4月開園しました。

街道松

寛永10年(1633)広島藩は幕府巡検使のため西国街道の整備を行い、街道の両側に松の並木を植えました。現在、廿日市市で唯一残っている街道松です。

津和野藩御船屋敷跡

津和野藩亀井家は、元和6年(1620)広島藩との合意のもとに、桜尾城跡の西側一帯に居留地を設け御船屋敷としました。参勤交代や石州和紙搬出の中継地として上方との往来に利用され、海路室津(兵庫県御津町)への上陸の拠点でした。